家族構成と幼少期

まずは、私の生まれた家庭の構成と幼少期について書いていこうと思います。

家族構成

①父 

力仕事で月曜から土曜まで働き詰めでした。仕事熱心ではありましたが、社会的常識を学ばずに年を重ねた為、やや非常識と思われかねない行動をしてしまいます。根は悪い人でなく、おおらかで思いやりはあります。

②母

結婚後から現在までずっと専業主婦でした。家事育児面で大きな問題はないように見えるのですが、社会的経験不足、内向的な性格も相まって、働いたり、周りとのコミュニケーションをスムーズにとる事が難しかったです。

分かっていないのに分かったフリをして会話を続ける→だんだん噛み合わなくなるといった事が多かったように思います。

子供が嫌いな訳ではないと思いますが、立派に育てなければという熱い思いも感じられません。子供が何かで悩んでいても、母にも解決する力がなくスルーするしかなかったのだと考えます。次第に私は母親に相談をしなくなるので、母に困りごとを助けてもらった事はありません。

③姉

私とは年が離れており険悪です。学生時代から会話することがなく、現在も疎遠な関係が続いています。遠方に住んでおり、親の介護には直接関わっていません。

④私(筆者)

1990年代生まれ。生い立ちは壮絶とまでいかなくとも家族との信頼という土台を育めずに育った為、色々苦労して育ちましたが、当時はあまり自覚していませんでした。

結婚し、子供を二人産み、仕事をしています。忙しい中でも、我が子を幸せにすべく色々考えながら日々を過ごしていますが、私のお母さんは、子供の幸せを考えてくれていたのか?と思う様になりました。

幼少期の背景

私が幼い頃は、既に共働きが主流の時代になっていましたが、母はずっと専業主婦でした。住んでいた地域は車が一人一代必須の地域ですが、そもそも母は免許を持っていませんでした。

ずっと母親と過ごせる幼少期は、一見すると子どもには良い環境のような気もしますが、家の中で一緒におままごとをした記憶も、一緒にお出かけした記憶もありません。日曜日、父が休みの日に食品を買いに出かけるのが唯一の外出でした。

家ではいつも一人で遊び、振り返って見れば孤独だったと思います。親と一緒に遊ぶという概念がそもそもない為、「お母さん一緒に遊ぼう!」とせがんだ事すらないかもしれません。

きっと手のかからない子供だったでしょうね。笑

旅館やホテルに泊まりで遊びに連れて行ってもらった事が一度もありません。両親の実家に帰省する時が唯一の旅行でした。車で行くので、新幹線や飛行機にも、家族で乗ったことはありません。

生活は慎ましく、家族仲が良いという訳でもなく、愛情を注いでもらった記憶がありませんでした。

まとめ

いかがでしたか?毒親と感じるか否かは人それぞれです。時代が平成初期なので、今のように娯楽もありません。この内容を特に問題ないと感じる人もいれば、貧しくかわいそうと感じる人もいるかと思います。

私が振り返って感じた事は、幼少期・学生時代に様々な経験ができなかったダメージは大きいという事です。皆が経験している事、私はしていませんからね。

自分の子供には、様々な経験をさせてあげたいなと思っています。

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